2018年11月11日
葬儀などは、仏滅に行っていいのかという問題が発生します。結論としては、支障ありません。たしかに、祝い事に対しては執り行わないほうがいいとされますが、葬儀は祝い事ではないです。加えて空亡という言葉から誕生したわけですが、空亡に関しては、文字の通り空しい亡ぶとい言葉から作られています。
簡単に言うと0に近しい捉え方の日どりとなっています。葬儀とは、親族や親友が亡くなられたことに対しての儀式の役割があります。従って意味としては、六曜の中にあっても近しいのが仏滅になります。それに加えて0という数は、始まりを意味するとも言えます。
近頃はゼロリセットなどというような言葉もありますように、すべてのスタートにもなります。故人が暮らしてきた人生を思い起こし、親族もしくは友人などが集合し、懐かしみ供養します。そのうえで新生活が、それぞれの役割分担のもとスタートすることを意味します。仏滅に対しましては、マスメディアやテレビ番組の影響などで最も悪い日という捉え方がついていますが、きちんと基本的知識や築いてきた歴史をリサーチしていくと異なるものとして捉えていくことができます。そのように考えてもこうした日に実施することは、過ちを犯していないといえます。こうした日に実施されるのは、縁起が良くない日だから、人間が死亡した悪い日だからといった把握の仕方ばかりでなく、残されている人が新たな出発を切るためのキーポイントとなる日として捉えるとよいでしょう。